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タイトルそのまんまですが、そんな感じの衛星活劇でございます
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かっつぁんがルータを買ってきてくれたお陰で、メインPCがノート→デスクトップに。とともに、場所もまた移転される。結構今でも快適なんだがなぁ・・・、やぱり出入り口が狭そうなんで・・・。

このノートでブログ書くのも、今日で最後かも分からんなぁ・・・。
それはそうと、このPCには4年間もお世話になってるんで、感謝を表明したい。
ありがとう、そしてお疲れさん、バリユスタープロ!!

障子も直しました。ベランダの片付けもするんで、この家もネット化、ベランダはリゾート化と、本格的に新時代に移行してきたようだ♪

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昨日は、「八月は活動が地味」という汚名を、返上できた一日ではないか、と思う程のムーヴメントを起こした日でもある。
まず、朝日記を復活させた(これが維持だろう)。簡略でもいいから書かないと、というのが方針だったが続かなかった・・・が、けじめつけたかったので、ようやく踏み切れたという感じだった。
その2は、リクナビに登録し、本格的に就職活動移行期へと移り変わる。しかも登録してわかったことに、業種、職種選択コーナーで自分のわからない単語がでって来る出てくる・・・いちいち調べているだけでも勉強になる。
そして、この時期に就職活動というとなんかあわただしい雰囲気が漂うが、「自分を成長させる」ためや、「世間を知る」ためでも、週活をしていい、という考え。これは再認だ。

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まだまだ早いだろうけど、今年の一年を文字で表すと、今のところなんだろうか、と予測してみる・・・。
「尽」・・・以前成し遂げようとしてた、あらゆる分野が、成し遂げられつくす。音楽、片付け、喋りなど。
「破」・・・某映画だけにwそれに、破壊こそが創造の発想だ、というカオス論にも沿った一文字である。
「創」・・・TKプロデュースのつもりww

だが、これらよりももっと説得力があると思われるのが、「景」だ。これは、世界史で中国において、キリスト教が景教といわれるように、キリスト教という「景」という意味だ。
俺が読む書籍は、なぜかキリスト教の事について言及する著書が多い。ゼミで紹介され、嵌っている遠藤周作氏の本に、マックス=ヴェーバー、エヴァ、聖☆おにいさん、そして我が母校。さらに宮台真司氏の著書にあった「隣人愛」的精神にまず惹かれたわけだが、まぁ、要するに、キリスト教的発想が、自論にも影響を及ぼしているといえる。
宗教はきらいだが、千年以上人の心を離して止まないもの。これを見ていかずして、死ぬのは正直勿体ないと思う。これら宗教を考えを参考にして、つまり宗教という巨大な知識体系から、あらゆる栄養分を掻っ攫うwまぁ、とにかく血となり肉となる、栄養となる情報源を、これら宗教を見ていくことで参考にし、なぜこれら宗教が人々の心を離して止まないのか、興味がある(帰結は何となく分かるが・・・)。

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読書熱-もれはどうやら抑えられそうに無い。音楽に対する熱が、自分の度ツボなジャンルの音楽を聴き崩して気が済んだ分、次はどうやらこちらの分野になりそうだ。
おまけに、勉強にもなるし、何かを考えるキッカケにもなる。色々と+だ。
・・・それにしても、俺は色々と遅すぎた・・・。中学時代に至っては、読破をこなした本は、一冊も無い。読破経験を初めて成し遂げたのが、高2の夏休みだった。そんな俺がこの夏休みに成し遂げようとしていることは、30冊以上の本を読みこなすこと。
今年になって、読みこなしてきた本は18冊。去年は10冊だった。去年からみれば、まさに革命的な数値。
その前時代の名残りか、「早く読みこなせば読みこなすほど、いい」という考えが根付いちゃってる。
ブランクを取り戻したい、大学生活ももうあと少ししかない、そこからの焦り、この世には名著が無数にある、それを出来るだけ読みこなしたい、という野心、自分の根の性格の意地汚さを変えて生きたい(人間嫌いだからね、特に子供嫌い、コレを直したい)。養老さんの本でも書いてあったけど、人間は変化していくもの。新しい情報をつけることで、余裕を持てる自分の育成をしたいもんだ。
早く読むこと、確かに速読できれば、いいじゃないか。
そうじゃない、確かにそれもあるし、早いに越したことも無いんだが、早ければ良い、というものでもなく、どれほど自分が理解できたか、だ。そして、それを踏まえて、自分は何を思い、どのような発想に至ったか。これが大事だと思う。折角読んでも、忘れてしまっちゃ、意味が無いしね。だから、読み終わったら、感想やまとめを必ず書くことをお忘れなく。

つーことで、さっきもチラッと書いたけど、一時間ほど前に読んだ養老氏の本の感想を書いておこう(おバカの壁じゃないよ)

我々都市人は、都市、すなわち、近代以降の近代都市的社会的、合理的な視点で何でも物事なり、考えなりを推し量ろうとするが、考えがそれに偏りすぎており、どうも一元化してしまっているきらいがある。つまり発想の一元化だ。都市の常識というか、それに囚われすぎて、社会の悪因が見えてこない。社会学の発想に似てるね。
そうならば、その発想を変えていかないか、というのが、逆さメガネの発想だ。彼が一貫してこの本で論じてきたのが教育論。我々はもっと教育の問題をクローズアップすべきだ。それも、もっと根本的な問題。教育で教わる内容、つまり常識が歪んできており、それを改善せずして、どうして教育問題を解決できよう。まぁ、そんな本ですな。
まず、都会の現実について議論する。現実とは、もちろん、現に存在するものであるが、それだけではなく、現の実生活において、我々に影響を及ぼすもの、それこそが、げんじつなのであり、存在したとしても、我々にとって筒抜けなものは、現実ではなく、ただの知識だ。これが都市的見方。所謂金銭に絡む、合理主義的な問題が孕んでくるって訳。だから自然なるものは排除される。教育は、自然である「子供」を、都市的存在である「大人」に順応させるためのもの。その内容がゆがんでいては、まともな社会が成り立つはずが無い。社会とはその人間一人ひとりがえいきょうを及ぼしうるものでもあるからだ。
・・・・とまぁ、そんな風に都市的メガネで色んなものを見てきたら、それが常識となり、それ以外の視点は何も見えなくなる。問題の解決の糸口が全く見えない。
教育内容の一つに、「個性を伸ばす」というものがあるが、これも、どうやら・・・。個性とて、それは、どうやら、人間の内面的な問題を個性と捉えるのが一般的なようだが、この内面的、つまり心的なものに個性は期待できない。これは共通性のもんだいであるからだ。このことに関しては、俺も経験済みで、個性強調の為、俺はコレが好きだ!とアピールしたい、もしくはそういう存在たら占めたい、と思っても、緒戦は、誰かが生み出したものであり、それを好きだとアピールしても、必ず他の誰かも好きなのだ。だから、〇〇が好きだ!という行為も、人間社会にありふれているモノの寄せ集めや塗りたくる行為にすぎない、コレは個性というよりは、共通性だ。この名作が好きであるからこそ、それを共有できる。自分は日本語を話すからこそ、日本人なのだ、と同様だ。

これら、固有化した、永続化した情報を取り入れることによって、我々は変化する。人間は変化しないことが前提な社会化が常識化しているとあったが、我々は毎日変化しているのだ、からだの変化含め。その外面的な違いこそが、個性であり、変化なのだ。そのちがいを認めたうえで、互いの共通性を見つけ出していく。それこそが、個性の尊重という教育ではないか。と。
そして、我々日本社会の成員は、この共通性を見出してきたことによって、つまり自分は仕事のメンバーである、という、村社会的共同体成員の発想によって、ある程度幸せな暮らしが維持できているのでは。と考える。

上述のように、一元化したメガネによって、つまり、この質問に対し、答えはコレだ、というメガネによってアプローチを迫るのでなく、多元化、つまり、色々なものの見方が必要だ、と主張する。そうでないと、非常識な成員の、ゆがんだ人材の再生産された循環型社会と陥ってしまう。そのためには、視点を変えることも重要だ。

ざっとこんなものである。様は、コレにはこう、というやり方(意識)に拘らず、色々な角度で考えていかないと、ということ。本では、生き物をいかに情報にするか、よりも、情報をいかに生き物へと代えるか、この発想が興味深い。そのような姿勢に取り組んでもらって、そうでなと、人間社会の+や幸せに繋がらないからね。だから、ここは、脳の機能を生かし、入出力、そして環境を変えるような考え、人間一人ひとりの考えが社会たらしめているため、、つまり社会を変える思想、またその土台となる教育の問題こそが重要というわけだ。

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