|
タイトルそのまんまですが、そんな感じの衛星活劇でございます
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 色々とごちゃごちゃしていて、本格的に整理しないとどうにもならないのが自分の現状。正直、どうすりゃいいのか、その指針がぶれかかっている。数年前は、割と活発だったけど、最近は、ぼんやりと遣る瀬無い空虚に包まれる…。停滞しているっていうのかなぁ…。このブログでも、片付けできる範囲で、片付けていきたい。 思考の整理、といえば、よく、紙のノートに、考え方や感情、今までの道程と今後の思いなどを書き連ねる…。しかし、ちょっと前までは、ノートで整理ができない状態にまでなっていた。身体的な意味ではなく、精神的な葛藤が強すぎて、できなかった。。いろんな思いが錯綜しているのに、自分と向き合えない。ノートで自分と向き合うと、まだまだ何とかなるんじゃない?? と、今の自分の見地からすればそういえるんだけど… ごちゃごちゃしすぎて、どっから手をつけたらいいのか、分からない程までに不安定だったかもしれない。 今は、それでも、自分は書き連ねざるを得ない、自分と向き合わないと、自分がばぐれてしまう…と、切実に思っているので、適当になってしまっても、そこに何かを刻む… すると、何かが見えてくる、何かしらのものに辿り着く… と思っている。実際、そういうことが多かった。 さて、現状をお片付けしてみようかしら。まずは「表出欲求」…もっと、こう、展開した方がいいのかな。よくそう色んな人に言われてきた。私自身、自分のやってきたこと、自分がつくったものや、自分がまとめた考えなど、自分さえ満足できたらそれでいい、と思っている。元々、「自分はいい、と思っていても、相手はどう思うだろうか…??」とか気にする性分なので、そんなのでストレスになるんだったら、まず自分だけで満足できることをやろう、と思い始めた。…まぁ、それでも、元々、独りでこんこん、と自分の世界を創っていた。それゆえか、今ひとつ、言ってることが理解されにくかったり、受け入れてくれることが少なかったりもした。 そんな私の性分を見かねて、「それの何が面白いのか…??」と言われたことがある。その子は、自分の作品が、他者に受け入れられてなんぼ、という考え方のようで、そうすることで、洗練されていくし、そこから他者に承認されることで、自分に自信も持てるようになる…、と言っていた。…うん、たしかに。ただ、自分の場合、他者に喜ばれる前に、自分の欲求と向き合う。まぁ、その子も、自分の欲求と向き合いながら、自己刷新してるだろう。自分の場合は、それに対し、他者への承認は、もちろん嬉しい。でも、そこばっかり見ていると、自分を見失いはしないだろうか…??という観念に捉われてしまう…。以前、それでしんどい思いをしたことがある。今のfacebookやlineで疲れている、という人を見ていると、それだけでこっちも重苦しいものが、頭に過る…。 まぁ、DTMとかでも、わざわざ曲の出来を評価してもらうスレもたくさんあるし、「独りよがりは愚かだぞ」って言ってくれたのかもしれない。基本ができていないのに、出来た気になるな、と。まずは誰かに査定してもらいなさい、と…。 それでも、自分の感受性の骨子みたいのを抜くことはできない。まぁ、基礎さえおさえておけば、問題ないのだけど…。 音楽を例に出すと、コード理論とか、まだ分かっているのかいないのか、グレーゾーンなとこがある。「それでも、この気持ちや情景を、音で表現したいんだ!!」ってことで、何曲かつくったりしたことがある。もう一度、自分のやれる範囲で、その理論を頭に入れていく…。 哲学だと、ニーチェの「超人」や、キルケゴールの「倫理的生き方」、ドゥルーズ&ガタリのスキゾ理論など、色々と頭に詰め込んでは、「こう生きてこそ、しっかり根を張っていきることだ!!!!」と、自分ではいうのだが、この理論をおさえる以前、案外、そのような生き方ができていて、自分も似たようなことを言ってた時期があった(後付けじゃないぞ!!) …が、色んな気持ちが葛藤して、ついつい感情のごちゃごちゃでその辺がうやむやになる日々を送ってしまう自分が、今はいる…。 まぁ、簡単に言うと、「倫理的に生きることで、絶望やルサンチマンから抜け出して、超人になる」…てことかな。笑 この世に、超人的で倫理的な生き方を実践できている人って、何人いるんでしょうな…。特に、この日本社会において…。 何で、自分って、こんなにも精神的に脆いんだろうか…。呆 …まぁ、いいや♪ PR 過去のブログの記事を詠んでみると、絶えず欲求不満気味で、行くところにたどり着けていない感が伝わってくる。それでも、精一杯、何かを伝えよう、という感じは、あるような、ないような…??まあ、今も、欲求不満であることには変わりはないが、「自我の芯」みたいなものは、ブログを書いていない頃に、掘り下げていったような気はする…。さて、私は、この「日曜日の夜中」が好きだ♪ この、異様に静かで、そのせいか、空気も澄んでいるように思える。この時間だけは、天の川が、見られるんじゃないか…??な~んて、おもったり。。ラジオの放送局も、1時には終わるとこは多い。こんな時間には、皮肉にも、勉強意欲や、創造力が異様に冴えるのだ。こんな時間は、私にとっては、とても貴重な時間だと思える。 ぁ、そうそう、ラジオのことが出たので、一応、言っとくと、私にとっての、メインメディアは、すっかりテレビではなくラジオになった。「テレビは終わった」とか「テレビはオワコン」などと言われて久しいが、(個人的には、そこまでは思わないが)確かにテレビを見る機会が減った。 アニメは、「ぼくらはみんな河合荘」と「それでも世界は美しい」を録画して見ているぐらい。バラエティは、思い出したら、「怒り新党」とか「5時に夢中」「アウトデラックス」を見るぐらい。他は基本、NHK。 それでも、2004年~2008年のテレビ、というより、バラエティ番組は、もっと酷かったと思う。「クイズ番組」がたまたまヒットしたと思えば、どこのチャンネルも無個性な、一問一答形式の、在り来たりな問題のクイズ番組が乱立した時期があった。一発芸人が乱立し、今以上に、芸人を出しておけばいいという風潮もキツかったような気がする。それも、同じような番組ばかり。 今は、苦しいのは事実だけど(ほら、いいともの後枠みたいなの)、あの頃よりは、少しずつ、試行錯誤しよう、としている感じは伝わってくる。 マツコさん、坂上忍さんとか、有吉さんがズバズバいう感じの人がウケる、てのは、みんな、ガヤついたのはちょっと疲れてて、本音とか、いってほしいからだろうか。 ふなっしーや、池上さん、東進の林先生がメインの番組ができた時も、素直に、テレビが何かを模索しようとしていることを感じた。 ふなっしーはそもそも、テレビ―ネット間の垣根など、色んなものを崩す位のパワーがあった。今はよくわからん。それでも安定した人気。まあ、ふなっしー語りだけでかなりの文章量は書ける気がする。 …てか、テレビ論はメインじゃないっての。 |
カレンダー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(05/21)
(05/19)
(05/19)
(05/18)
(05/18)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
COSMIC ROAMER
性別:
非公開
職業:
宇宙を放浪
ブログ内検索
最古記事
(06/04)
(06/04)
(06/07)
(06/07)
(06/11) |
